2016年7月14日木曜日

新・相生橋 OBだより106号(2016年7月1日号)掲載

 この世界のことを「天地又空地」と書いて「あめつち」と読む。これからの連想だろうか、柳田国男(民俗学者)が著した遠野地方の民話にはつぎの話がある。遠野の山里に「天地の袋」という縁起物を女の子が、正月を祝って両親に対して、天地の袋の中に幸福を表すモノを中に入れ、これが逃げないように上下を縫い合わせて祝い歌をそえて贈る行事があった。と著している。天地のはざまには、人がくらし世界中にも多くの人が幸せを求めながら、懸命に相和し生きている姿をニュースで観ることがある▼大日経という密教経典では、この世には三千世界があり、そのひとつの世界には上から地・水・火・風・天(空)の要素が重なり合った世界を説いている。人々が幸せに生きていけるのは、この五大要素の調和が整った世の中が人々のくらしにとって最も良い状態であると説いている。要するに大自然の中で調和をもって生きていこう、ということか▼一方現世ではあれやこれやの災いが多い。「天変地異」はその最たるものだ。日本では昔から「地震・雷・火事・親父」の諺のとおり、地震は恐れられ、常に背後から辻斬りさながらに襲ってくると戒めていた▼寺田寅彦(物理学者)は、防災の先覚者・警世家であったが、その寺田が名言を残している。「災害は忘れたころにやってくる。日本の自然は『慈母の愛』と『厳父の厳しさ』があり、愛に甘えると厳しさを忘れてしまう」と▼天の科学・学問分野は、人工衛星など進化しており天気予報の正確さや交通情報や軍事情報など生活に役立つ側面がある。これに較べて地球物理学を柱とする地震予知などその分野は、未知の側面が多い。その要因は、研究者及び志望者が少ないこと。国策上の予算が少ないこと、研究現場が山岳等辺地にあること、地球物理学を標榜する大学は6校しかないことがあるが、最近の災害多発を受けて、国・自治体が強い関心を向けていると聞くのは朗報である▼本稿は地震について記したが、もう字数が尽きた。次号については、先の熊本大分地震災害に関して熊本城・日本三大楼門の阿蘇神社と木材の文化などについて記す予定です。

(H28・6月記 コラム11編 日本コラムニスト倶楽部会員 R・T)